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水戸地方裁判所 昭和56年(ソ)1号 決定 1981年8月20日

抗告人

山本志郎

相手方

鹿島臨海工業地帯開発組合

右代表者管理者

竹内藤男

右訴訟代理人

黒澤克

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。そして、その要旨は抗告人を被告の一員として係属している麻生簡易裁判所昭和五六年(ハ)第六号抵当権設定登記等抹消登記手続請求事件訴訟(以下本件訴訟という。)において、抗告人の住所地が前掲肩書住所地記載のとおりであるところ、右簡易裁判所は比較的遠距離にあり、交通の便も悪いため応訴に時間的経済的な不便をきたすので、原決定を取消し、民事訴訟法三一条の二に基づき、本件訴訟を水戸地方裁判所土浦支部に移送を求めるというにあると解される。

そこで右抗告理由が同条により移送する場合の要件を定めた同条所定の「相当と認めるとき」に該当するかどうか以下検討するに、同条は簡易裁判所が比較的軽微な事件を簡易迅速に処理することを建前としているものの、これが事物管轄の基準を決定するにあたつて、軽微な事件かどうかを事件の種類によつて一律に判断しえないことから、訴額による基準(裁判所法三三条一項一号)を設け、個個の事件において右基準により簡易裁判所の管轄とされても事案複雑、関連事件との関係等の事由から右簡易裁判所の所在地を管轄とする地方裁判所において審理するのが相当な場合が生ずることを考慮して設けられた規定であると解される。

そうとすれば、前記「相当と認めるとき」に該当するか否かの判断は、本条の公益的性格にかんがみ、事案の内容について客観的になされるべきで、本件のように抗告人の交通の便宜という事情は民事訴訟法三一条による移送の要件の判断において主として考慮されることは格別として、付随的事情として斟酌されるべきであると解するのが相当である。右趣旨をふまえてこれをみるに本件訴訟の主たる争点は、被担保債権が時効消滅したかどうかという点であり、内容的に事案複雑ともいえず、他に関連事件が水戸地方裁判所土浦支部に係属しているわけでもなく、仮に関係人の証拠調をする必要があつたとしても麻生簡易裁判所で行つた方が便利であると予想されるので、抗告人主張の交通の便宜を考慮したとしても、本件訴訟を水戸地方裁判所土浦支部に移送するのが相当とまでは言えないというべきである。

してみれば本件移送申立は理由がないことに帰するからこれを却下すべきであり、これと結論を同じくする原審決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(中橋正夫 有満俊昭 堀内明)

〔申立の趣旨〕

本件訴訟を水戸地方裁判所上浦支部へ移送するとの裁判を求める。

〔申立の理由〕

一 本件移送申立の経過

(1) 五六・六・九民訴三一条に基づき相模原簡裁への移送申立(以下甲申立という)

(2) 五六・七・二〇甲申立却下決定

(3) 右同日民訴三一条ノ二に基づき水戸地裁土浦支部への移送申立〔以下乙申立という)

(4) 右同日乙申立却下決定

(5) 右同日乙申立却下決定に対し即時抗告申立

二 移送申立の趣意

申立被告をはじめ本件被告四名のうち一名は東京都、三名は神奈川県下に居住しており、御庁に出頭するためには、片途五時間程度を要するうえ、列車によつては私鉄を含め数次の乗換を余儀なくされます。また御庁最寄駅である潮来からはバスの便なくタクシーに頼るほかありません。このような時間的、経済的損害を免がれ、ひいては訴訟の遅滞を避けようとするのがそもそも本件移送申立の趣意であります。

三 甲、乙両申立の関連性

右(2)に述べました趣意を実現するため、その目的に副う制度である甲申立をまず致しましたが、この制度では移送先裁判所が本来的に事件の管轄権を有することが要件とされているため、被告の普通裁判籍管轄の簡易裁判所に限定されているわけで、そうすると本件が必要的共同訴訟であることからその実現は技術的に難点があり、御庁がこれを却下されたことに不服はありません。

そこで、第二次的な方法として乙申立を致しましたが、この制度のほんらいの趣旨は地裁簡裁間の事物管轄の調整をはかることにあると考えられますが、この制度を活用して甲申立の趣意を実現するための土地管轄調整の根拠とすることは三一条ノ二の規定の文理的解釈からも妨げないところと存じます。

四 移送可否の認定基準

そもそも裁判所の土地管轄について法律は基本的には被告の便宜を優先して原則としてその住所、居所を普通裁判籍と定め、そのうえで原告の便宜をも考慮して若干の特別裁判籍を設け、その選択権を原告に与えております。被告に認められる移送申立権は右の構造のうえに更に被告の便宜の観点から再調整の途を開いたものであると解されます。即ち申立による移送制度の本旨は訴訟追行に際しての便宜に関し、両当事者間の均衡をはかることにあることは明らかであります。そうであるとすれば、被告申立の移送を認容するか否かの認定基準は、これを認容することによつて逆に原告側にどれだけの不便を与えるかに重点が置かれるべきものであると存じます。

これを本件についてみますに、原告は訴訟代理人を委任しており、右代理人の事務所は水戸に所在しますから、同人は御庁に出頭するより申立移送庁所在地である土浦市に赴くほうがはるかに便宜であることは明らかであります。このような状況にあるにもかかわらず、移送申立を認容しないことが移送申立制度を設けた本旨を没却するものではないかと存じます。

民訴法は昭和二三年の改正前の規定では移送申立の却下決定に対しては不服申立を認めておりませんでしたのに右改正後これが認められたことは、法が移送申立制度の機能発揮を期待し、被告の立場の保護を重視しようとする意図のあらわれでありましよう。

五 以上の理由から被告は民事訴訟法第三一条ノ二に基づき訴訟の移送を申立てます。

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